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にわとりはなくよ

酉年うまれが 自分と向き合いながらアウトプットする 骨格診断ストレート 断捨離

部屋に散らばる筆記用具を集めたらハサミが5本もあったよ

私の記憶が正しいなら、どこかにしまってあるポーチに小さなハサミがまだ入ってるはず。

花鋏2本と眉ハサミ、裁ち鋏があるから用途は違えど9本も部屋に存在すると言うことです。
こんなんじゃ人にとやかく言えませんよね。

使いかけのノートやメモ帳、付箋も自分が思っているより出て来てるし。
ノートも前に処分したつもりだったのに!
メモ帳もパスワードが適当に書かれてて、どのパスワードなのかわからなくて困る。

ノートは、最後まで使いきる訳じゃないので今後買わないようにしよう。
シャーペンやインクのきれたペンを一気に捨てて、明らかに手を出さない付箋も捨てます。
自分の持ち物を把握するって本当に大変。
そして捨てるのを決めるのも。


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捨てようと思っていた布を引き出しのシートしました。
防水スプレーかけて切って、木工ボンドで止めただけの作業。
見えない場所なら派手でも良いよね‼
って思ったあとに誰に許可を求めてる必要があるのか?と

このハイになっている感じが自分でも怖いわー
後でガクッと下がりそう。


ぎゅうぎゅうに詰め込んだ引き出しの奥からストックの電池が出てきたのがつらかった。
ないと思って買ったのに。

ちゃんと見えるところに仕舞わないと忘れてしまいますね。
収納もギチギチに詰めないで8割余裕がないと全体を見渡せない。

画ビョウなんてまったく使わないけど、捨てにくいな。
こんな風に迷うから進まないのですね。

実家に仕舞われている青い自分史

私の家は、見た目には綺麗に片付いているほうだと思います。
ただ収納スペースが多いからそこに詰め込まれているんですね。

このまま捨てずに行くと今空いてるスペースにも物が溢れると思います。
母は、雑誌を毎月買ってきます。
丁寧な暮らしの代表格「天然生活」&料理雑誌。
もう棚にいっぱい入っているのに新しい棚を用意して並べる。
3年まえの物は、捨てれば良いと思うのですが
「たまに眺めるよ」
と言われるとねー。

父も日曜大工が趣味な人なので工具が増えていたりする。
最近は、絵画をネットで買うこと覚えたらしく、たまに送られてくるように。
金額も作品も小さいですがずっと所有するものになります。

どうにかしたいと思いますが、まず最初に自分からしなくては‼

まだ、捨てきれてないものがありますし、何より収納を圧迫している昔のアルバムをどうにかしたいです。
嵩張るし重すぎるし、何より写真を剥がすのが大変そう。
これは、準備万端にして一気に片付けないと中途半端になってしまう可能性が大。

何かよい対応が出来ないでしょうか。
いっそすべて捨ててしまえ!は、気が引けます。


私の部屋は、妹と共有だったので押し入れのなかには、妹のものがありました。
というかです妹が家から出て、一人暮らしを始めたとき部屋にあるものを一切片付けて行かなかったので私が入れた物。
たまに帰って来たときに要らないものは、捨ててと言っても行動してくれなかったので今回は捨てさせてもらいました。
ルーズリーフに書かれた悩みや友達に送られた手紙とか、幼い妹の気恥ずかしくて可愛くて青い歴史たち。
あー。これ姉でも見られてくないだろうに!
というか教科書なんて要らないし!

ずっと仕舞われた黒歴史とも言える物たち。
その場から離れてる本人は、忘れていてもどこかにでも確実に残っている。

そんな場所があるなら、ちょっとくらい整理整頓しておいたほうが自分の身のためかも知れないですね。

独居老人のお家から考える断捨離

高齢化社会です。
幼稚園バスよりも老人バスのほうが町の中を走ってますね。

赤ちゃん用のオムツより老人用のオムツのほうが出荷量が多いとか。


ペットも長生き出来るようになったせいか、犬猫用のオムツも進化していました。
消臭力もアップしてたし、外から尿の量がわかるようになって、ヒト用と遜色ないくらいで本当にお世話になりました。



一緒に暮らしている認知症の90歳の祖母も毎日デイサービスお世話になっています。

ただ紙パンツを履いてくれないんですよね。
漏らしてしまっても絶対認めないし、本人にとっても楽だと思うんですけど。

犬のシオちゃんは素直に履いてくれたのに

ズボンを濡らして恥ずかしい思いをしなくて済むなら、わたしは履こうと今から固く決意しております。





祖母には、妹がいてその方はずっと気ままな一人暮らしをしていまして、最近ようやくグループホームに入る事を決意し、父が後見人をしていたため家族共々少し安心できました。

本人は、しっかりしているつもりでも水の出しっぱなしや火のかけっぱなしは、日常なので家族で(主に母と私)1日に1回は、家を尋ねて面倒見てました。
一軒家に住んでいたんですが、その中は物だらけ

その方、まぁ名前はトミーさんにしておきます。
私の祖母とトミーさんは、完全なるモノを捨てられない人。
トミーさんは、足腰が悪く廊下に手すりをつけるための準備に廊下の物を片付けたら後が大変でした。
「あの場所に置いてあったものがなくなってる。
捨てられちゃったのねーまだ必要だったのに」と嫌みを言われてしまう。

また、キッチンのコンロの近くにプリンの空ケースが山積みになっているのも片付けさせてくれないのです。小物を分けるときに使うとかで。

納戸の中から未使用の引き出物がいっぱい出てきたときは驚いた。
昭和の58年から順にしまったままの引き出物たち。
タオルとかの繊維物は、ダニの温床なので捨てようとすると勿体ないって言うんですよね。
今までしまったままで忘れていたのに。
まだ使ってないタオルは、いっぱいあるのに昔の物は質が良いから使うんだとか。

これでは、こちらは何もできません。
本人の気持ちが捨てると決断しない限り無理に捨てることは、出来ませんし後々面倒な事になるのは理解しました。
グループホームに入所するために家にあるテレビや椅子型の炬燵を運びましたが、少し家具を退かすだけで埃が舞い上がり棚にはフェルトみたいな埃が!

使ってないメモ帳が何冊も出てくる。
折れた白い蝋燭がそのまま転がっていたり、剥き出しの錆びたカミソリがあったりでゴミ袋に詰め込みたい!と何度も思いました。
でも何も捨てないでと言われると捨てません。
何故かそういうところは、よく見ているので。
それにこの家が物がだらけでも構いません。
下手な事をしてホームから出ると言われることのほうが困るのです。

トミーさんは、たまにグループホームから自宅に帰るんですけど、なにも変わってないか確認しますからね。

手放すという行動は、早いうちから練習しないと身に付かないのでしょうか?

もちろん、買えないと買わない。
持てないと持たない。

そういう事情もあると思いますが
足が悪いなら歩く場所に物が無いほうが自分のためになると思うのですが

それで、自分のこともそうなんですが、自分の家も結構な量のものがあるんです。

今のところ片付けられているだけで本当に多くの物がしまってあるんです。

よく片付け本や断捨離関係の本には、収納棚を買うと物が増えると書いてあります。

つい最近、リビングに本棚が増えました。
車庫にケースが増えました。


私の親も結構な捨てられない人だなと。

自分のため

シオちゃんが亡くなってペットロスになるかなって思っていたんですけど、意外となりませんでした。

もちろん、悲しいし、思い出を語ると涙がでてくることもあります。
小さい頃からのアルバムを見ても泣ける。
けど、ちゃんと介護をしたと思えたし、お葬式をしたことが良かったと思います。

これが共同で焼かれたりしてお骨が帰ってこなかったらグチグチ泣いてかも知れないですね。
やっぱりお骨でも家に帰って来たと思えたのが良かった。
まだお骨は家に鎮座しております。
お花も添えてあります。

改めてお葬式という儀式は残った者のためにあるのだなと思いました。


あと、自分のなかでとてもすっきりしたことがありました。
シオちゃんがいなくなった悲しみの反動でずっと捨てられなかった服を捨てられたのが良かったです。
私のなかであまり良い思い出の服じゃなくて、でも高いっていうか、母が買ってくれた服を捨てられたのがすっきりしました。
断捨離の効果は絶大ですね。

ずっと着ないままクローゼットの中にあって見ると心を重くする服。
まだ他にも捨てたい服あるんですけど、断捨離の取っ掛かりになった出来事です。
一気に断捨離したい気分ですけれど、例えば冬に夏の服を断捨離して夏に困るって目に見えてるのでシーズンが過ぎてから捨てたほうが無難でしょうね。


そのおかげか、急に自己肯定出来たと思えた。
それが、落ち込みの反動でハイになっているのかわかりませんが、このまま自分が素敵に思えることをいっぱいしたいなとおもいます。
自分が機嫌良く生活していけたらいいな。
他人と比べて卑下したりしないくていいんだなって思えたのが嬉しい。

生活は、変わってないけど心持ちが変わってる。
それを忘れないようにアウトプットしていきたいです。

愛犬と最後まで付き合いきれたから 3

最後は、私の腕の中でした。

小さな声で鳴き続けて、深くて短い呼吸をしてからすっと意識がなくなって、声をかけるとまた戻って。

それ3回繰り返してから意識がなくなりました。

シオちゃんは、痛くてなにも出来ない体からようやく抜け出せた。

外にでている家族も帰ってきて、みんなでお別れをしました。
ペット火葬でお見送りしてるときが1番悲しかったです。
人間と同じように白いお布団に寝かされ、花をそえられて焼き場に入って行くところは、直視できなかった。
涙が止まらなかった。

お骨を箱に入れてもらって帰りの車で思い出話をみんなでして家に帰りました。


覚悟をしていても、理解していても悲しいものは悲しい。
私の部屋にシオちゃんのベットは、あるけどシオちゃんはいない。
私は、シオちゃんが寝たきりになったときシオちゃんが亡くなったらすぐにシオちゃんの物を片付けると決めていました。

うちに来たときから使ってるハーネスと病院記録、写真、迷子札は残して他は片付ける。

シオちゃんの物を片付けるついでに押し入れにしまってあった私の物も一緒に捨てました。
小学生の時の文集とか意味のない賞状とか使わないバックや絵の具の道具とかを。
なんで残しておいたのか自分でも不思議。
何かしら使うかもって残して結局使わない物。

メルカリに出品していいねが付かないままの洋服も一斉に捨てました。

3日かけてゴミ袋に詰め込んで、紙布も縛りあげて、寒かったけれど窓を全開にして窓も床も拭いて動き回ってようやく心が落ち着いてきて

私は、ちゃんとシオちゃんと向き合ってさよならをした気がしました。
心に大穴が空いたけど、まだ、不意に思いだして悲しくなるけど、その感情は大切なものだから否定はしないことにしようと思います。
無理に埋めずにいれば綺麗な湖になるかも知れないし。

大切な時間を共有してくれて、ありがとう。
私のそばにいてくれて、ありがとう。

愛犬と最後まで付き合いきれたから 2

私の部屋は、前庭疾患から回復したシオちゃんの寝床になった!
フローリングは、滑り止めシートが敷かれ餌台も屈まなくて良いように高くなり家中の使われなくなった毛布たち(すごい枚数)が集まった‼

シオちゃんは、回復したけど高齢犬、特有の頻尿のため夜に起きて外に連れ出してと催促するようになった。
外に連れ出すのは辛かったのでべランダに連れていった。
真夜中にベランダを明るくして体制を整えるシオちゃんをそっと眺める。
排泄が終わるとさっさっと自分の寝床に戻ってました。
私は、ベランダに水を撒いて片付けをするのに

オムツもつけられるけどお金がかかってしまうし、漏れてしまう。
それにシオちゃんは、外でする派だったから家の中でするのを嫌がってしょうがなかった。
日中は、ベランダへ続くドアを開けとけば自分で行っていたし、散歩も短いけどするし、自分で餌を食べられる。

高齢犬としては、かなり元気だったんじゃないかな?

ゆるゆるとした時間のなか、今まで体験したことなかったぐらいに一緒にいた。
そして1つ1つ出来なくなって行くことを目の当たりにしてきた。

顔の傾きがひどくなり過ぎて水が自力で飲めなくなる。
体のバランスが悪いので踏ん張りが利かなくなって寄りかからないと歩けない。
固形物が食べられない。
尿や便をいろんな所でしてしまう。
後退することが出来ないから隅っこに入り込んでずっとそこにいる。
ぐるぐる回りながら毛布に突っ込んで抜け出せなくなりパニックを起こす。
たまに攻撃的になることもあった。

そして、とうとう寝たきりになってしまった。

痴呆からくる夜鳴きが1番つらかった。

もう愛情がないとやってられない。

耳栓をつけて抱っこしていた。
睡眠薬も飲ませたりした。
(本当は、睡眠薬に頼りたくなかった。
けれど車を運転しているとき睡魔に襲われ、事故をおこしそうになった。
副作用など獣医さんと意見交換しながら薬をためしたりした。面倒みる人間が死んだほうがシオちゃんにとってダメージが大きいとそう思って飲ませた)

寝たきりになって1番に気をつけていたのは、床擦れでした。関節のところの毛がないなと思っていたらすぐに擦れが出来てしまっていた。

あとは、便秘。
体全体の筋力がないのでふんばれない。
手で肛門やお腹を刺激して介助をした。

老犬介護のブログを参考にして試行錯誤した日々。

そしてとうとうお別れの時が来てしまった。

愛犬と最後まで付き合いきれたから

続くとは、思ってないし書くことも見切り発車なのは、重々承知しているからこそ

「ぐだぐだでも書きたいな」

みたいな気持ちです。

今までブログやSNSは、読むだけでスマホ持ってても使いこなせずにいたんですけど、急に思い立ってはてなでブログ始めました。

手探り過ぎてなにをどう変えたらわからないけどそれは、先輩方を拝見させてもらいながら頑張っていこうかな。



まず最初に私にとって大きな出来事は、愛犬が死んでしまったこと。
17歳の大往生でした。


白い柴犬で、でも柴犬のわりに体は小さく体重は、青年期でも7キロ満たなかった小型犬よりの柴犬。
シオちゃん
妹が犬が欲しいと言って飼った犬でした。

内弁慶で撫でられるのが嫌い。
なんというか自分が気持ち良いところ以外触るなって感じで
だからブラッシングも嫌い。
あと抱っこも嫌い。
小さい頃の抱っこされている写真のほとんどが両脚で突っ張ってるし、青年期は腕の上で立っている写真ばかりです。
あと肩の上に前肢をかけている写真。

病院とトリミングが嫌い。

薬品の匂いが嫌いだから、ノミ避けのフロントラインをつけるときは、悲痛な鳴き声をあげていました。

ゆえに全て引き受けていた私が苦手。

家の中にもいれても私の部屋には、おやつが無いと入らなかったしを部屋に閉じ込めてもドアをガリガリ引っ掻いて開けさせるくらいに私を嫌っていた。

犬には、わからないからね。
嫌な必要なことより考えもなしにおやつをやる人のほうが好きだからね。

でも自分を助けてくれるのは、私とわかってるのかお腹が痛くて夜中に外へ出たかったら来てた、私の部屋に。
そして甘え声出して助けを求めて来たからね。
調子がいいよねー
と思いながら夜中に散歩行ってた自分が懐かしい。

妹が欲しいから飼い始めたのに一番面倒みてきたのは、私だった。

前庭疾患になったのは、15歳の時、フラフラしたと思ったら急に叫び声を出しゴロゴロ転がり始めたんです。
抱っこをしても強い力でぐるぐる転がる。
家族もパニック、病院に連れていったら眼震があるし、前庭疾患で治るかわからない。
高齢なのでとにかく投薬をして様子をみるしかないと。


その日から私の部屋に囲いを作りずっと看病することに

シオちゃんも自分に起きたことが理解することが出来なかったから、なんでこんなに怖い思いをしなくちゃならないのか理解出来ないからずっときゅーんって鳴いてて、夜中抱っこしてた。

あんなに苦手な私に苦手な抱っこをしてるなんて。
心細いかったんだろうなー
冬以外は、1匹で寝てるのに

寝てる分には、大人しいけど起きるとゴロンゴロン転がりすごい声で鳴き続ける。

私も治るかわからないし、体を撫でることしか出来ないからずっと夜が過ぎるのを待っているしかなかった。
どうにもならなくて漠然とした不安しかなくて

介護しながら不意に小学生の時の事を思いだしたんですよね。
まだ真っ暗な明け方に窓を開けたら遠くにある養鶏場のニワトリの鳴き声。

夜のニワトリってどんなことをしているのかな?
あんなに詰め込まれて息苦しいだろうな。
とぼんやり思いながら

その当時、学校に行きたくなくてでも休む理由を作れなくて雲が風で流れているのとニワトリの鳴き声が合わさってとても怖くて寂しい気持ちになった。

その怖くて寂しい気持ちを伝える人がいなくて、1
人だなって思いました。

夜に小さい声にずっと鳴き続けるシオちゃんを抱いてその時に似てると

シオちゃんも助けを求めて鳴いているけどなんにも解決してくれない、目眩が止まらない。

怖いよね。
大丈夫だよーひとりぼっちじゃないよ。
そう言って撫でることしか自分はできなかでた。

毎日病院行って、点滴して薬飲んで水飲ませて一週間、顔の傾きは残ったけど元気なりました。
担当の獣医さんも驚くほどの回復ぶり。

それからようやく近づいてくるように!
信頼してくれたのか下僕認定されたのか(^^;

シオちゃん中心の生活が始まりました。