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にわとりはなくよ

酉年うまれが 自分と向き合いながらアウトプットする 骨格診断ストレート 断捨離

愛犬と最後まで付き合いきれたから

続くとは、思ってないし書くことも見切り発車なのは、重々承知しているからこそ

「ぐだぐだでも書きたいな」

みたいな気持ちです。

今までブログやSNSは、読むだけでスマホ持ってても使いこなせずにいたんですけど、急に思い立ってはてなでブログ始めました。

手探り過ぎてなにをどう変えたらわからないけどそれは、先輩方を拝見させてもらいながら頑張っていこうかな。



まず最初に私にとって大きな出来事は、愛犬が死んでしまったこと。
17歳の大往生でした。


白い柴犬で、でも柴犬のわりに体は小さく体重は、青年期でも7キロ満たなかった小型犬よりの柴犬。
シオちゃん
妹が犬が欲しいと言って飼った犬でした。

内弁慶で撫でられるのが嫌い。
なんというか自分が気持ち良いところ以外触るなって感じで
だからブラッシングも嫌い。
あと抱っこも嫌い。
小さい頃の抱っこされている写真のほとんどが両脚で突っ張ってるし、青年期は腕の上で立っている写真ばかりです。
あと肩の上に前肢をかけている写真。

病院とトリミングが嫌い。

薬品の匂いが嫌いだから、ノミ避けのフロントラインをつけるときは、悲痛な鳴き声をあげていました。

ゆえに全て引き受けていた私が苦手。

家の中にもいれても私の部屋には、おやつが無いと入らなかったしを部屋に閉じ込めてもドアをガリガリ引っ掻いて開けさせるくらいに私を嫌っていた。

犬には、わからないからね。
嫌な必要なことより考えもなしにおやつをやる人のほうが好きだからね。

でも自分を助けてくれるのは、私とわかってるのかお腹が痛くて夜中に外へ出たかったら来てた、私の部屋に。
そして甘え声出して助けを求めて来たからね。
調子がいいよねー
と思いながら夜中に散歩行ってた自分が懐かしい。

妹が欲しいから飼い始めたのに一番面倒みてきたのは、私だった。

前庭疾患になったのは、15歳の時、フラフラしたと思ったら急に叫び声を出しゴロゴロ転がり始めたんです。
抱っこをしても強い力でぐるぐる転がる。
家族もパニック、病院に連れていったら眼震があるし、前庭疾患で治るかわからない。
高齢なのでとにかく投薬をして様子をみるしかないと。


その日から私の部屋に囲いを作りずっと看病することに

シオちゃんも自分に起きたことが理解することが出来なかったから、なんでこんなに怖い思いをしなくちゃならないのか理解出来ないからずっときゅーんって鳴いてて、夜中抱っこしてた。

あんなに苦手な私に苦手な抱っこをしてるなんて。
心細いかったんだろうなー
冬以外は、1匹で寝てるのに

寝てる分には、大人しいけど起きるとゴロンゴロン転がりすごい声で鳴き続ける。

私も治るかわからないし、体を撫でることしか出来ないからずっと夜が過ぎるのを待っているしかなかった。
どうにもならなくて漠然とした不安しかなくて

介護しながら不意に小学生の時の事を思いだしたんですよね。
まだ真っ暗な明け方に窓を開けたら遠くにある養鶏場のニワトリの鳴き声。

夜のニワトリってどんなことをしているのかな?
あんなに詰め込まれて息苦しいだろうな。
とぼんやり思いながら

その当時、学校に行きたくなくてでも休む理由を作れなくて雲が風で流れているのとニワトリの鳴き声が合わさってとても怖くて寂しい気持ちになった。

その怖くて寂しい気持ちを伝える人がいなくて、1
人だなって思いました。

夜に小さい声にずっと鳴き続けるシオちゃんを抱いてその時に似てると

シオちゃんも助けを求めて鳴いているけどなんにも解決してくれない、目眩が止まらない。

怖いよね。
大丈夫だよーひとりぼっちじゃないよ。
そう言って撫でることしか自分はできなかでた。

毎日病院行って、点滴して薬飲んで水飲ませて一週間、顔の傾きは残ったけど元気なりました。
担当の獣医さんも驚くほどの回復ぶり。

それからようやく近づいてくるように!
信頼してくれたのか下僕認定されたのか(^^;

シオちゃん中心の生活が始まりました。